趣味

2006年6月 3日 (土)

カブトムシ現る

カブトムシの累代飼育をするようになって、5年くらい経ちますが、毎年6月初旬にカブトムシたちは蛹室から姿を現します。今年も、もうそろそろかなと思い、幼虫を飼っているプラケースを覗くと、ゴソゴソと動く2つの影が。急いでふたを開けるとオスとメスでした。今年、飼育していた幼虫は全部で3匹だけだったので、成虫がペアで得られるかどうか不安でしたが、ホッとしました。これで累代飼育を継続できます。

P6020003 P6020006 6月2日23時45分 成虫出現確認!

カブトムシは土の中に蛹室を作ってから約4週間で羽化、羽化後約1週間で地上に現れます。逆算すると4月末か5月初めには蛹室を作っていたことになります。

コクワガタも続々と羽化しているのがケース越しに見えています。もうしばらくすると、成虫が姿を現します。平成18クワ・カブ年度の始まりです。

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2006年3月 8日 (水)

群馬フィッシングショー

Img_0996_1 3月5日(日)に高崎の問屋町センターで、毎年恒例の「群馬フィッシングショー」が開催さ れたので、行ってきました。群馬フィッシングショーは高崎の釣具問屋の嶋屋が主催して毎年この時期に開かれています。

Img_0984 東京や大阪で開催される国際フィッシングショーとは比べものになりませんが、今年の出展メーカーは60社以上ですから侮れません。この日も地元の釣り好きおじさん達で結構賑わっています。しかも今年は、長野県から観光バスで団体さんも来ていたので驚きました。国際フィッシImg_0985 ングショーと違って、こっちは無料ですけど、新製品を手に持ってにっこり笑っているイベントコンパニオンは当然いません。すこし寂しい。

Img_0981 出展している商品は、アユ、渓流、へら、トラウト、バスと、群馬の釣りは網羅しています。私はアユ竿、渓流竿、トラウトルアーを中心に見て回りました。とりあえず、各メーカのコーナーの展示品の中で一番高額な竿を振ってみます(釣り具屋さんの店頭では買う気もないのに何十万円もする竿_10_1 を出して見せてくれとは言い難いですが、今日は大きな顔で振り回せます)。確かにイイです。あるメーカのところで、知り合いに声をかけられました。この人は製品開発のアドバイザーをしていて時々釣り番組でも見かけるのですが、「こにタン、この竿イイよ~。買ってよ。ここがあーで、これがこーで、こうなる訳よ。どう、いいでしょう? ちょっと高いけどね。」、はい、イイのはよく分かるのですが、最後の部分が一番問題です。

ダイワ、シマノ、がまかつの3社とも今年の鮎カタログはちょっと前に比べてページ数が多くなっています。再びアユに力を入れてきたのでしょうか。全国的にはアユ釣りに復調の兆しがあるのかも知れません。今年の群馬のアユの大漁を願いながら、その前に利根鱒の顔が見たいな~と帰宅後、ルアーロッドを納戸から引っ張り出した私でした。Img_1063

(写真をクリックすると別ウインドウで大きく表示されます)

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2006年3月 1日 (水)

渓流釣り解禁

P3010096 群馬県内の河川では、本日、一斉にヤマメ、イワナなどの渓流釣りが解禁されました。県内に春の訪れを告げる季節の風物詩です。高崎市の烏川では、解禁を待ちかねた釣り人がおもいおもい竿を出し、20センチあまりのヤマメを次々に釣り上げていました、ってニュースが流れていたかどうかは、知りませんが、とにかく、今日から渓流釣りが解禁でP3010097 す。私は、解禁釣行はできませんでしたが(成魚放流の魚をガヤガヤした雰囲気の中で釣りたいとも思いませんし)、解禁の様子を調査に行ったサンビーム高崎店の店長によれば、旧倉渕村の烏川では良型のヤマメが結構釣れていたということです。(でも、ヤマメ・イワナは20尾までという制限数をお忘れなく、違反すると漁業法違反で訴えられます)

利根川本流には「利根鱒」と呼ばれるいわゆる「戻りヤマメ」が生息しています。戻りヤマメとはサクラマスと異なり、海まで降りないで、下流域で大型化したヤマメが前橋周辺に遡ってきたものとされています。阪東堰下はこれから利根鱒狙いの釣り人で賑わいます。私も以前、利根鱒を狙って、前橋の関根の辺りでルアーを投げていたのですが、1尾も釣ることができませんでした。(魚がいなかったわけではなく、肩より先の問題でしょうが)

ここ数年、渓流釣りからは遠ざかっていたのですが、今年は再開しようと思っています。そういえば同僚のS山さんもおいしいヤマメを釣りたいので、渓流釣りにチャレンジしたいと言っていました。さて、どこに行こうかな。

(写真はサンビーム高崎店の吉原店長からご提供頂きました。クリックすると別ウインドウで大きく表示されます)

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2006年2月19日 (日)

佐藤垢石

佐藤垢石。 

明治21年6月18日 群馬県群馬郡東村(現前橋市上新田町)に生まれる。亀吉と命名される。

明治25年4月 前橋市立桃井尋常小学校入学

明治43年4月 報知新聞社へ就職

昭和3年 前橋支局長を最後に報知新聞社を退社

昭和13年 『釣りの本』出版

昭和21年 釣り人社を起こす

昭和31年7月4日 永眠 享年69歳 戒名 大佛院本覚垢石居士。

主な著書 「たぬき汁」、「魔味談」、「鯰のあくび」、「釣随筆」、「河童閑遊」等々

Kouseki

群馬県出身の有名人は、福田、中曽根、小渕の首相経験者の他、沢山いらっしゃいますが、個人的には一人あげなさいと言われれば、「佐藤垢石翁」ですね。

垢石翁は昭和26年に出版された随筆「釣り随筆」の「利根の尺鮎」のなかで利根川後閑地区のアユをこう評しています「肉がしまっている。香気が高い、背の色が濃藍だ。敏捷であるのと、体力的であるのと、闘争心の強いのと、強引であるのとは、あたかも密林に住む虎か、豹にたとえられよう。」

しかし、垢石翁は同じ文章のなかで、発電用のダムが造られ変貌した利根川について「大きな姿と、味の立派であることでは日本一の鮎を育てる利根川。旅の釣り人垢石を生んだ利根川は悲しい哉いまは滅びた。」 とも書いています。 

今年の利根川はどうなるでしょうか?垢石翁の少年時代のように鮎が沢山遡上し、その群れを追ってサクラマスが跳躍するような姿が戻ればすばらしいことですが・・・・・。

『この頃の日本へは、亜米利加系の虹鱒や河鱒、北海道から姫鱒などが移入されて繁殖しているが、その頃の利根川へは、古来東日本の河川に遡ってくる日本鱒である。もっとも群馬県庁水産係が明治の初年に、琵琶湖の鱒を移植したことがあるけれど、これは如何なる理由によるものか、繁殖が極めて少なく、まれに釣れるばかりである。利根川の日本鱒は、銚子の利根河口から三月中旬には、鮎と共に海の水と別れて、淡水に遡り込むのであるらしいのである。

鮭は淡水にはいると餌を口にしないけれど、鱒は盛んに餌を食う。その狙う餌は、主として若鮎の群れである。なにしろ小さくて五、六百匁、大きいのは一貫七、八百匁もあるのであるから、随分若鮎の数を食うのであろう。であるから、必ず流れを遡る若鮎の群れには大きな鱒がつきまとい、瀬際の揉み合わせに鱒が跳躍するところには必ず若鮎の大群がいた。』(「利根川の鮎」より  昭和23年4月~5月「釣り人」に掲載)

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