書籍・雑誌

2006年10月10日 (火)

大閑堂書店 (前橋市岩神町)

Img_3896 大閑堂書店は、前橋市岩上町の前橋市総合教育プラザのそばの住宅地にある古本屋さんです。古本屋で面白そうな本を探すのが好きなので時々出かけます。でもBOOK OFFとか今風の古本屋さんには足が向きません。今風の古本屋さんは明るすぎますね。宝探しという雰囲気が出ません。やはり古本屋には独特のにおいと愛想のあまりよくない店主というのが絶対条件という気がします。大閑堂書店の店主もいかにもという感じです(笑)。

Img_3898 今回、入手したのは昭和37年発行のみやま文庫「利根と上州 下」。
利根川水系の産業や観光、文学について書かれた本です。その中の座談会「つり談義」に興味を引かれて購入しました。

座談会「つり談義」 昭和36年8月8日 於 群馬銀行本社
五十嵐徹夫氏(県水産試験場長)、内藤由己夫氏(高崎市教育長)、羽鳥久雄氏(群馬銀行専務取締役)、宮下金平氏(長尾村・漁業)らによる釣り談義です。以下、興味深かった部分です。

アユのドブ釣りの話題で
羽鳥「昔は三十匁、三十五匁なんていう鮎がどんどんかかるんですね。そんなのに切られるので1厘の道糸を使つたこともあつたね。」

宮下「ハネといえば、現在でも天王渕の岩の前あたりには一団何千匹と集まつていますね。そういう所は表面には必ずハネています。」

羽鳥「大正橋の際に後藤理八つて人がいましたがね、『沢山鮎が上るから、来て見てもみないかね』というので行つた事がありましたが、鮎の上りというのは本当に川が真黒になりますね、何十万尾か分からない位真黒にかたまつて上る。」

狐に化かされた話
内藤「横川から入る霧積川でですが、あそこの入口にコンモリとした神社があります、あそこでそうですね、終戦直後のまだ懐中電灯もなかつた頃ですが、一人で暗い中歩いて行つたのですが急にボーッとあたりが明るくなりましてね、見ると山の中腹に明るいものがある。汽車かと思つたが動かない。考えると鉄道はそちらには通つていないんです。おかしいなと思つたら身のけがゾーッとしましてね。
こういう時歩いたらきつと道を間違える、とジーッとうづくまつて朝を待ちましたがね、後で聞くとその神社には狐が棲むというんですよ、不思議な話でしてね。」
羽鳥「私の叔父貴がね、夜づりに行くと腰籠が馬鹿に重くなる、重くなつたな、と思うともう魚がなくなつてしまう、そんな話をちよくちよくしていましたよ。」

昔は川にアユが沢山いたけど、狐に化かされることもよくあったようですね。

大閑堂書店 (アクセス、目録など)

みやま文庫について(群馬県立図書館HP)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年5月 6日 (土)

土屋文明記念文学館

Img_2530 高崎市保渡田町(旧群馬町保渡田)に「土屋文明記念文学館」があります。土屋文明にはあまり興味がないのですが、企画展「手にとって見る雑誌展 -戦中・戦後 その断絶と継続-」が面白そうなので、行ってきました。

Img_2549 Img_2557 展示室には日中事変の頃から戦後間もない頃までの雑誌が並べてあり、手にとって読むことができます。この時代は終戦を境に日本が激変した時代で、雑誌を見ることでそれを感じることができます。ただ、戦中・終戦直後というと非常に暗く、厳しい時代だったという印象ですが、意外とその時代の雑誌にはその暗さはあまりないという印象でした。終戦から1年経たずに発行された雑誌も結構オシャレな記事が掲載されていたりしました(そんな雑誌にも「蝗を食べよう」なんて記事も載っていましたが)。

Img_2555_1 私には小学生の子供がいて、小学館の「小学○年生」を読んでいますが、当時の「小学○年生」や「良い子の友」を読むと、内容が今よりずっと大人っぽいですね。

企画展「手にとって見る雑誌展 -戦中・戦後 その断絶と継続-」は6月25日(日)まで。

Img_2544 土屋文明記念文学館は「上毛野はにわの里公園」の一角にあり、文学館の隣には八幡塚古墳が建造当時に近い形に復元されています。

八幡塚古墳: 国指定史跡保渡田古墳群の一つで、5世紀後半の前方後円墳。墳丘96mで2重の堀が巡り、全長190m。当時の有力豪族の墓と考えられている。

群馬県立土屋文明記念文学館HP

| | コメント (0) | トラックバック (0)