« 宵の明星と月 | トップページ | お菓子の家 »

2007年2月19日 (月)

小栗上野介 ~倉渕に眠る幕末の偉人~

安中市松井田町の木馬瀬(ちませ)の福寿草自生地にも伝わっている埋蔵金伝説。各地に残る幕府軍用金の埋蔵金伝説の主役、小栗上野介(小栗忠順)のお墓は高崎市倉渕町権田にあります。木馬瀬で福寿草を見たあと、訪ねてみることにしました。

木馬瀬から、倉渕方面へ県道を道なりに行くと、地蔵峠。峠を越えてさらに走ると、国道406号線につきあたります。その正面にあるお寺が、小栗上野介が眠る「東善寺」です。

P2173013

P2172995

小栗上野介は、当時の大老井伊直弼に、まれにみる逸材と認められ、万延元年(1860)34歳の時に日米修好通商条約批准のため、米艦ポーハタン号で渡米、地球を一周して帰国。その後、幕府の要職を歴任し、数々の業績を残しました。

慶応3年(1867)の大政奉還、鳥羽伏見の戦いと続く幕末の動乱の中で、江戸城内では主戦派と恭順派の意見が割れていました。小栗上野介を無謀な主戦派というのはあたりません。彼には勝算のある作戦がありました。しかし、慶応4年1月に将軍慶喜の面前で開かれた大評定では、主戦論は受け入られず、小栗は勘定奉行を罷免されてしまいます。

一線を退いた小栗はわずか30名ほどの家臣を連れて、同年3月1日に知行地の一つであった上州権田村(高崎市倉渕町権田)へ土着します。その数日後、千人もの暴徒が権田村を襲いますが、小栗と家臣はこれを撃退。以後、教育や水田整備など村人のために熱心な活動をおこない、平穏に暮らしていました。

P2172990

ところが、権田村で暮らし始めてから、わずか2月後、小栗上野介は西軍に無実の罪を着せられ、捕らえられます。そして何の取り調べもないまま、烏川の水沼河原で斬殺されてしまいます。
この時、小栗は数え42歳。“日本の近代化の父”とも称される幕末の偉人は、烏川の露と消えていきました・・・・・

(小栗上野介忠順については、あまりにも話がたくさんありすぎて、ここには書ききれません。もう少し勉強してから、再度、紹介したいと思います。)

小栗忠順(Wikipedia)

小栗上野介(旧倉渕村教育委員会)

小栗上野介連続講座(群馬県HP)

東善寺HP

【おまけ】
木馬瀬から倉渕の「東善寺」へ向かう途中で道路を横断していたサルに遭遇。車を降りてカメラを向けても慌てる風もなく悠々と畑を通り、山の方へ歩いていきました。周囲に人家もある場所だったので、ちょっとびっくり。

_1_77

|

« 宵の明星と月 | トップページ | お菓子の家 »

ぐんまの人」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

コメント

すっごい勉強になりました。
何度も何度も読んだので、これでここへ行ったときにはガイドができそうです。
ありがとうございました。

と、褒めておいて・・・

事後承諾ですみませんが、桜の写真なんですが
縁起ものなので、拝借しちゃいました<(_ _)>

投稿: 姐さん | 2007年2月19日 (月) 22時30分

姐さん

小栗忠順に関しては、つい最近調べ始めたところなんですが、権田での2ヶ月だけでも、色々と興味深い話がたくさんあります。

早く、サクラサク の知らせが届くと良いですね。

投稿: こにタン | 2007年2月19日 (月) 22時58分

こんばんは。
今日は、松井田で仕事でしたので思わずのコメン
トです。いつもお世話になってます。
福寿草やその先のろうばいは素通りでしたけど^^
この道よく通うのですが、地蔵峠は小栗の用人の家族が・・・なので、なんかそれ思い出し、夜通るときは車でもちょっと怖いのであります。^^

東善寺の住職は、母校の山岳部の顧問していたこともあるアルピニストです。
たしかマッキンリーも登っているでしょう。

住職の「会津へ逃れた道子夫人」に書かれている
小栗夫人の会津逃避行もすごいルートですね。
権田-六合村-地蔵峠-秋山郷-十日町-六日町
-新潟(法音寺墓参)-水原-津川-会津若松

六合村から佐武流越えて秋山郷だそうですが
今でも佐武流越えるなんざぁー大変です。
まして夫人、妊娠中だったようであります。
強靭な護衛隊だったことが想像されます。

初のお邪魔なのに、長くなりすみません。
ではまた。

投稿: 浦詩野 | 2007年2月20日 (火) 21時32分

浦詩野さん

いらっしゃいませ。
恥ずかしながら、私、これまで小栗上野介にそれほど興味もなく、
幕末の勘定奉行、埋蔵金伝説、権田で処刑された、程度の知識しかありませんでした。
ところが、ちょっとしたきっかけで、調べ始めてみると、スゴイ人だっ!と、ようやく気づいたのが、一週間前のことです (^^;)
今、みやま文庫を読んでいるところです。
できれば、上野介カテを作りたいと考えている今日この頃であります。

 

投稿: こにタン | 2007年2月20日 (火) 22時20分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 小栗上野介 ~倉渕に眠る幕末の偉人~:

« 宵の明星と月 | トップページ | お菓子の家 »