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2006年2月21日 (火)

利根川のサケ

利根川と群馬県内の支流には、昔は秋になると沢山のサケが海から遡ってきた。本流の沼田や支流の烏川、鏑川でも鮭漁が行われていた。しかし、戦後川は荒れ、昭和40年に利根大堰、河口堰がの工事が相次いで開始されると、サケは利根川に姿を見せなくなってしまった。昭和50年代半ばから全国的にカムバックサーモン運動(確か宝酒造が熱心にCMなんかしていた)が盛り上がりをみせ、前橋市の「利根川にサケを呼び戻す会」をはじめとして市民団体がサケのふ化・放流を始めた。

昭和58年から利根大堰を管理している水資源機構(旧水資源公団)が、堰の魚道でサケの遡上調査を行っている。昭和58年から平成8年までは年間300尾未満だったが、平成11年には733尾、15年に1515尾、そして昨年17年はついに2283尾となった。利根大堰を越えて上流に遡るサケは確実に増加している。

Photo_2 Sake (利根大堰と遡上数)

Sake_4 Photo_4 (調査の様子と魚道観察窓)

利根大堰を越えるサケが増加しているのは何故か?利根大堰の魚道が改修されたこともあるだろうが、その後も増加傾向にあるのはどうしてだろう。サケ稚魚の放流数は増えてはいない。私は、サケのライフサイクルが利根川に定着しつつあると考えている。自然産卵→ふ化→降海→回遊→遡上→産卵 というサイクルが利根川に戻ってきているのではないだろうか。

平成16年の秋に利根川支流の神流川でサケの自然産卵が目撃されたことが上毛新聞で報道された。しかし、産卵が確認された場所は冬場の渇水のため干上がってしまうような場所だった。そのため、群馬県水産試験場と県庁蚕糸園芸課では特別な許可をとって、川底に産み付けられた卵の救出作戦を行った。(法律で、河川のサケや卵を採取することは特別な場合を除き禁止されている。)保護されたサケの卵は水産試験場で育てられ、その一部は群馬・埼玉の神流川沿い小学校にも分与され、翌年の3月初旬に再び、神流川に放流された。Sake_3 Photo_18   

(サケ卵救出作業の様子とサケ卵)

また、サケの遡上数が2千尾を超えた平成17年秋の産卵シーズンは、利根川本流、神流川、鏑川、烏川などでもサケの産卵が魚類研究家に目撃された。そう、確実に利根川のサケは復活してきている。

現在、群馬県内では7団体がサケのふ化・放流に取り組んでおり、水産試験場でもふ化・放流事業を実施している。しかし、ふ化させる卵は全て福島県産である。せっかく、利根川にこれだけのサケが帰ってくるのだから、利根川に戻ってきたサケの卵をふ化放流するのがよいのではないか? 条件は整いつつあると思うのだ。どうでしょうか?

Photo_17 3月初旬の放流を待つサケの稚魚(水産試験場)

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